
マーク・シェーファー(Mark Schaefer)
マーケティング戦略コンサルタント・基調講演者・著者
マーケティング戦略やデジタルビジネスを専門とするコンサルタント、著者、基調講演者。ラトガーズ大学で教鞭を執るかたわら、Adidas、Johnson & Johnson、GEなど世界的な企業のマーケティング戦略にも携わる。
これまでに10冊の著書を刊行。『Marketing Rebellion』『Audacious』などの作品が広く知られている。2014年に発表した「コンテンツショック(Content Shock)」という概念は、デジタル時代におけるコンテンツの過剰供給と競争激化を早くから指摘したものとして、マーケティング業界に大きな影響を与えた。
公式サイト: businessesgrow.com
LinkedIn: linkedin.com/in/markwschaefer
原文: How to overcome Content Shock in a world of AI slop
本記事はMark Schaeferの許可を得て、原文をもとに日本語で紹介・構成したものです。
AIによって誰もが簡単にコンテンツを作れるようになった今、私たちはかつてないほど大量の情報に囲まれている。
では、コンテンツが無限に生み出される時代に、企業や個人はどうすれば「選ばれるコンテンツ」を作り続けられるのか。
マーケティング戦略コンサルタントであり、「コンテンツショック」という概念を提唱したマーク・シェーファーは、その答えの一つとして「コンテンツをアートのレベルまで引き上げること」を挙げている。
AI時代に、人間にしか作れないコンテンツとは何なのか。
今回は、マーク・シェーファーの考えをもとに、その本質を紹介する。
※AIスロップ(AI Slop)とは
生成AIによって大量に自動生成された、低品質・画一的なコンテンツのことを指す。見た目は整っているが内容が薄く、独自の視点や人間らしさに欠けるコンテンツが「スロップ(残飯・粗悪品)」と揶揄されている。
「コンテンツショック」とは何か
10年以上前、マーク・シェーファーはデジタルコンテンツの爆発的な増加が「コンテンツ軍拡競争」を引き起こすと予測し、これを「コンテンツショック(Content Shock)」と名づけた。
ユーザーが1日に消費できる情報量には限りがある。コンテンツが増え続ける一方で、読み手の時間は変わらない。その結果、目立つためにはより大きな投資と努力が必要になり、ニッチが飽和すれば多くの発信者は競争に参加すること自体が難しくなる。
当時は批判も多かったこの予測は、いまや誰の目にも明らかな現実となっている。そして生成AIの登場によって、コンテンツショックはさらに深刻な問題になっている、とマークは指摘する。
AIにできないこととは何か
マークはAI生成音楽を例に挙げる。現在では、ブルース・スプリングスティーンを精巧に再現したAI楽曲が存在し、音だけを聴けば本物と区別するのが難しい場合さえある。
しかし、AIが作ったコンサートに私たちはお金を払うだろうか。
マークの答えは「ノー」だ。私たちがスプリングスティーンに価値を感じているのは、単なる「音」だけではないからだ。そこには彼の人生・経験・感情があり、それを表現する「人間」が存在している。価値は、アウトプットだけでなくそれを生み出した人間そのものにも宿っている。
マークはこう表現している。
「有能なだけでは、商品と同じだ。無視される。コンテンツはアートのレベルに近づかなければならない。」
誰もが「それらしいコンテンツ」を作れるようになったからこそ、正確な情報をまとめるだけでは差別化が難しくなっている、というのがマークの主張だ。
「脆弱性」こそ、人間にしか出せない価値
では、AIが大量のコンテンツを生み出す時代に、人間は何で差別化できるのか。
マークが重視するのが、人間の脆弱性(vulnerability)だ。ここでいう脆弱性とは、単なる弱さではなく、自分の本音・失敗・葛藤・実際の経験など、AIには持てない「その人だけの経験」のことを指す。
マーク自身も、大きな目標を達成した直後に深い虚脱感を覚えた経験をブログに書いた。「成功しているのに落ち込んでいる人だと思われないか」と不安を感じながらも公開したその記事には、予想を超える反響が届いた。
AIには固有の人生経験がない。同じプロンプトを3つのAIに入力すれば、似たような答えが返ってくる。しかし3人の人間に同じ質問をすれば、それぞれの経験に基づいた、まったく異なる物語が生まれる。
人間としての視点こそが、コンテンツを「AIが作った情報」から「その人にしか作れない作品」へと変えていく。
「コンテンツクリエイター」と「コンテンツアーティスト」の違い
マークは、これからのコンテンツ発信者を2つのタイプに分けて論じている。
AIに代替されやすい「コンテンツクリエイター」
- スピードを優先し、質を犠牲にしがち
- アルゴリズムに合わせることで、コンテンツが短命になりやすい
- AIツールによって、誰でも同じようなコンテンツを量産できる
生き残る「コンテンツアーティスト」
- スピードのために表現の質や美しさを犠牲にしない
- 意味のある物語を通じて、人の感情を動かす
- 自分の経験を解釈し、独自の視点として届ける
- 単なる情報提供にとどまらず、人々に新しい視点や気づきを与える
つまり「何を伝えるか」だけでなく、「誰が、どんな経験から、どんな視点で語るのか」が重要になる、というのがマークの見立てだ。
誰にでも「アーティスト」になれる可能性がある
「自分には人に語れるような特別な物語がない」と感じる人もいるかもしれない。しかしマークは、その必要はないと考えている。
ある消化器外科医からコンテンツについて相談を受けたとき、医師は「自分は科学者で、食物繊維について話しているだけ。アートとは程遠い」と言った。
そこでマークが提案したのが、こんな書き出しだ。
「ある美しい朝、台所のテーブルに座っていると、妻が焼きたてのシナモンブレッドを持ってきてくれた。これは単なるごちそうではない。妻は食物繊維がいかに大切かを知っているから、毎日の食事にそれを取り入れている。では、あなたに必要な食物繊維の量はどれくらいだろうか……」
テーマは変わらず「食物繊維」だ。しかし、妻との朝の食卓という具体的な場面を加えることで、単なる健康情報が一つの物語になる。
どんな職業にも、どんな専門分野にも、その人にしか持てない経験や視点がある。それを見つけ、意味ある形で届けること。それがAI時代における「アート」だ。
AI時代に、あなたはどちらを選ぶのか
AIによってコンテンツを作ることはかつてないほど簡単になった。しかしその分、「誰が作っても同じに見えるコンテンツ」も増えていく。
大量の低品質・画一的なAI生成コンテンツ(AIスロップ)が溢れるほど、人々は逆に「本物の人間が作ったもの」を求めるようになる。
だからこそ、これからのコンテンツに求められる基準は、単なる「正確さ」や「速さ」ではない。
その人にしか語れない経験があるか。その人にしか持てない視点があるか。そして、それを人の心を動かす物語として届けられるか。
コンテンツを作ることが簡単になればなるほど、優れたコンテンツの基準は情報提供から「アート」へと引き上げられていく。
マーク・シェーファーが最後に投げかける問いは、シンプルだ。
「あなたは、そのレベルに応えられるか?」
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